インフルエンザウイルスについて・その1

前回はこちら
DNAの構造、ウイルスの増殖方法と種類を説明してきて、ようやくインフルエンザのしくみにたどりついた。インフルエンザは1本鎖RNA(-)型だという事は前回説明した通り。増殖方法も説明した。今回、インフルエンザウイルスの場合における、ウイルスの構造と細胞内への進入方法を解説する。
生物の細胞は物質が出入り自由というわけでは無い。細胞には受容体(レセプター)という名前のタンパク質があり、これは言わば鍵穴に相当する。このレセプターに合う鍵を持つ物質のみ、細胞内に進入できる。ウイルスは、特定のレセプターを持つ細胞にのみ進入し、その細胞の中で増殖をする。(例えば、エイズウイルスはマクロファージという、免疫システムの中枢を担う細胞にダイレクトに進入して免疫システムを壊すが、これはエイズウイルスがマクロファージのレセプターに相性があるからで、これをウイルスの「種特異性」と言う)。
ではここからインフルエンザウイルスに話を移そう。まずはウイルスの構造から。wikipediaを参照の事。
wikipedia インフルエンザ A型インフルエンザウイルスの構造

  • まず、インフルエンザウイルスにはA型、B型、C型の3種類があるが、まずはA型以外シカト。以下A型のみについて話す。
  • インフルエンザウイルスの外壁には赤血球凝集素(HA)とノイラミニダーゼ(NA)があり、HAがレセプターと接合し、NAがレセプターを分解する。もやしもんのインスルエンザウイルスで8本出てるのは多分この2つ。他の要素はとりあえず無視。
  • これまでHAには15種類、NAには9種類の亜種が存在している。これらの組み合わせでウイルスは理論上135種類存在する。
  • 例えば、A型のHA5番目、NA1番目なら「A/H5N1」と表記する。最近新聞でインフルエンザの記事が載るとたいていこれが書いてある。
  • 歴史上、天然に存在し、ヒトに感染したのはH1N1、H2N2、H3N2の3種類だけ。これをヒトインフルエンザウイルスと呼ぶ。
  • 要するに、HAで鍵を開けて、NAで扉をぶっ壊さないと細胞内に進入できないので、両方が合わないと感染しないわけだ。
  • ただし、HAとNAが異なれば絶対に感染しないかと言うとそうではない、理由は後述。
  • 1918年、歴史上初めて流行したインフルエンザウイルスはA/H1N1型で、何しろ世界初の流行なため、人類の誰一人免疫を持っていなかったため、世界で5億人以上が感染し、4000万人以上が死亡した。もやしもん2巻P67に書いてある通り。
  • さて、ヒトインフルエンザウイルスがヒトの体内に侵入するとどうなるか。実はインフルエンザウイルスは気道の粘膜にしか感染できないのである。つまりインフルエンザウイルスに対応するレセプターを持つ細胞は気道粘膜上皮にしか存在しないのである。案外限定された場所でしか活動できないもんだが、それでもものすごい発熱と症状を伴う。ではこのインフルエンザウイルスのレセプターが、万一全身の細胞で対応したらどうなるだろうか……。これについては後述するので覚えておいてほしい。
  • さて、インフルエンザウイルスが細胞に進入しました。すると、ウイルスについてその1・その2で解説したように、一本鎖RNA(-)であるインフルエンザウイルスはどばっと増殖し、増殖の過程に伴って粘膜細胞が死滅しまくる。すると身体は免疫反応に従って、高熱を出して熱に弱いウイルスを死滅させようとし、咳や鼻水を出してウイルスを体外に排出しようとする。普通は1週間程度で完治するが、ウイルスが頑張っちゃうと、気管支炎、肺炎を起こして重症化する。
  • インフルエンザウイルスの増殖速度は、1個が感染すると、8時間後には最低100個、16時間後には1万個以上、24時間後には100万〜数千万個に達する。

以上が人間がインフルエンザウイルスに感染した場合の流れである。次回は、ヒトとトリとブタとインフルエンザウイルスがUFO研にいるとなぜヤヴァイかについて解説する。

ウイルスについて・その2

前回は一本鎖RNA(+)型ウイルスについて話したが、ウイルスは他にこんな種類がある。
wikipedia ウイルスの分類

種類 有名どころ
2本鎖DNA 天然痘ウイルス
1本鎖DNA パルボウイルス
2本鎖RNA レオウイルス
1本鎖RNA(+) ライノウイルス
1本鎖RNA(-) インフルエンザウイルス
1本鎖RNA(レトロ) エイズウイルス
  • 1本鎖RNA(+)は前回話した通り
  • 1本鎖RNA(-)は、ウイルス内にRNAポリメラーゼ(RNARNAに複写する酵素)を持ち、ウイルスRNA(-)が細胞内でRNAポリメラーゼによってRNA(+)に複写され、以下はRNA(+)と同じ
  • 1本鎖RNA(レトロ)は、ウイルス内にDNAポリメラーゼ(逆転写酵素RNAをDNAに複写する酵素)を持ち、ウイルスRNAからDNAを複写し、細胞内のDNAに潜り込んで、細胞のDNAそのものが複写されるしくみからウイルスmRNA、ウイルスタンパク質を合成する。
  • DNAウイルスは、細胞内にあるDNAそのものが複製されるしくみをそのまんま利用して増殖する(この項怪しい)。レトロウイルスと違い、細胞のDNAを乗っ取る事はしない。

もやしもんエイズウイルスが登場する可能性は低いと思うので、興味深いけど説明は当分後で。
超あっさり解説を終わるが、続いていよいよインフルエンザウイルスについて解説するのでここで一旦区切る。

インフルエンザウイルスについて・その2

ヒトとトリとブタとインフルエンザウイルスがUFO研にいるとなぜヤヴァイか。引き続き箇条書きで。
wikipedia インフルエンザ A型インフルエンザウイルスの構造

  • インフルエンザウイルスの中には8本のウイルスRNAが存在するが、1つの細胞の中に2つのインフルエンザウイルスが進入すると、8本×2個のウイルスRNAがまぜこぜになって、2^8で256種類の亜種ができる可能性がある①。
  • もっとも普通インフルエンザに感染するのは1つのウイルスが増殖しまくって悪化するので、体内のウイルス、ウイルスRNAは一種類の筈だが、インフルエンザウイルスのRNAポリメラーゼが結構頻繁にRNAのコピーミスをするので(でも数万回に1回くらい、1塩基間違えるくらい?)普通に感染する分には亜種が生まれる可能性は極めて低い(無いわけではない)②。
  • さて、では自然界に目を向けてみよう。自然界にはH1N1からN15N9まで、全ての亜種が存在する。
  • このうち、鳥のカモは全てのインフルエンザに感染する(レセプターが対応している)が、何と感染するだけで発病はしない。そしてカモは渡り鳥なので、ウイルスに感染したまま世界中を飛び回り、他の生物に感染させやがるのである。ふざけんじゃねぇ迷惑な。
  • ニワトリはH4,5,7,10、N1,2,4,7のタイプに感染する。が、ニワトリも普通のインフルエンザに感染しただけでは発病しない。人間の場合と同じく、限定した細胞にしか感染しないためである。このインフルエンザウイルスを「弱毒型インフルエンザウイルス」と言う③。
  • 人間に感染するのはH1N1、H2N2、H3N2だけなので、ニワトリのインフルエンザはヒトには本来感染しない。
  • しかし、②で書いた通り、ごく稀にインフルエンザは突然変異を起こし、「H5,H7型なのにヒトに感染するウイルス」という亜種が登場する場合がある。これが前回書いた「HAとNAが異なれば絶対に感染しないかと言うとそうではない」の例である。このタイプのインフルエンザウイルスのために、2003年〜2004年の間に世界で122人の感染者、25人の死亡者が確認されている。ただし、元々ヒトに感染しないタイプが運良く(悪く?)突然変異しただけなので、ヒトからヒトへの感染効率が悪く、大流行には至らなかった④。
  • ここでブタが登場する。ブタは人間と同じくH1N1、H3N2にしか感染しないので、本来はニワトリのインフルエンザには感染しない筈だが、④で書いた通り、ニワトリインフルエンザウイルスが気合でブタに感染してしまう場合がある。ニワトリとブタが同じ場所にいれば感染する可能性はより高くなる。
  • そしてブタはヒトインフルエンザにも感染する。するとどうなるか。ヒトインフルエンザウイルスとニワトリインフルエンザウイルスは相当異なる遺伝子を持っているが、①で書いた通り、1つの細胞の中で異なるウイスルが存在すると、全く組み合わせの異なる新型のウイルスが誕生する。これは突然変異に頼るより遥かに効率よく亜種を作ることが可能になる⑤。
  • そして、この新型インフルエンザウイルスが運良く(悪く?)ヒトからヒトに感染しやすいタイプになったとするとどうだろう。これまでに流行した事が無い、という事は誰も免疫を持ってない、しかもヒトからヒトへ伝染しやすい新型インフルエンザウイルスとなれば、またもや世界中でインフルエンザウイルスの大流行である⑥。
  • しかしここで話は終わらない。これまではニワトリが感染しても発病に至らない弱毒型ウイルスで話を進めてきた。が、前回、レセプターが気道粘膜のみでなく、全身の細胞で対応したらどうなるかという話をしたが、ここで、ニワトリが感染すると一発でニワトリが死んでしまう「強毒型インフルエンザウイルス」が登場する。
  • これはH5,H7型の亜種で、ニワトリに感染すると、気道粘膜だけでなく、全身の細胞が感染し、ニワトリが1〜2日で死亡してしまう恐ろしいウイルスである。昨今、養鶏場でトリインフルエンザが発病し、その養鶏場で飼っているニワトリを全処分しているのは、このインフルエンザに感染したためである。
  • これまで話したニワトリインフルエンザの話は、強毒型になってもそのまま通用する⑦。

ではここで話をまとめてみよう

  • ニワトリインフルエンザはヒトに感染しない③
  • ただし突然変異が起こると感染する④
  • ブタとニワトリを一緒に飼うと、突然変異のリスクは超高まる⑤
  • 弱毒型ニワトインフルエンザがヒトからヒトに感染するように変異しただけでヤヴァイ⑥
  • 強毒型ニワトインフルエンザがヒトからヒトに感染するように変異したら最高にヤヴァイ⑦
  • 最悪のシナリオの場合、1918年の伝播能力を持つ、強毒型ヒトインフルエンザができたら、世界の総人口の10%が死亡する可能性すらある

というわけである。
ではUFO研の部室を見てみると、とっくにヤヴァイ事になっている事がわかると思う。まず、既にニワトリが死んでいるという事は、初代のニワトリは強毒型ニワトリインフルエンザに感染していた事間違いなしである。2代目がピンピンしている事から、強毒型ニワトリインフルエンザは初代と共に滅んだ筈だが、ニワトリインフルエンザとヒトインフルエンザがブタで仲介し、突然変異を起こす可能性はまだまだ充分ある。つまり武藤さんが「やたらのんきな集団自殺」と言っているのは冗談でもなんでもなく、単なる事実なのであった。防疫班が出てきてサークル棟の全面封鎖処置も当然である。
さて、この15話ギャグは、DNA、ウイルス、インフルエンザ、レセプターのメカニズムを理解して初めて理解して笑える、と、まぁそんな大げさな話じゃ無いはずなんですが、真の理解を得ようとするならここまで勉強せにゃならんですかー、とマジで思った。16話で沢木が「樹先生のトコにいるんなら酒の勉強もしねェと」と言っているが、「もやしもんを楽しむなら化学の勉強もしねェと」とはマジで思う。「実際 DNAやウイルスについて調べるのは楽しかったしさ」。
もっとも、ようやくインフルエンザウイルスについての解説は終わったが、酒の分類や、発酵や、個々の菌についての解説は全然始まったばっかりなので、これからも引き続き書いていきたいと思う。

ウイルスについて・その1

いよいよウイルスについて話す。んが、ウイルスの全てを話すと、これも本一冊になってしまうので、特定のウイルスに限定して話す。
まずはウイルスの構造を理解「しないで」、ウイルスの働きについて一番単純に解説する。
今回説明に使うのは「一本鎖RNA(+)」という種類のウイルスで、A型・C型肝炎ウイスル、ポリオウイスルなどが代表例である。
DNAについてを前提にすると、ウイルスはタンパク質でできた外殻と、その中に1本のRNAが入っている。さて、このウイスルが生物の細胞にくっつくと、外殻を置いて、このRNAだけが内部に送り込まれる。
この「一本鎖RNA(+)ウイルス」のウイルスRNAはmRNAに互換性があるので(無いものは(-))、ウイルスRNAがタンパク質製造工場であるリボソームに送られると、リボソームはウイルスRNAを元にタンパク質を合成してしまう。この勝手な設計図で合成されたタンパク質の役割は、例えばタバコモザイクウイルスという、RNA核酸の数が6400個しかない極めて単純ウイルスの場合、以下の4つのタンパク質情報を持つ。

  • ウイルスRNAを複製する酵素RNAポリメラーゼ(2種類のタンパクで構成)。もちろん役割はウイルスRNAの複製。
  • ウイルスRNAが別の細胞に移動するためのタンパク質。
  • 細胞表面に置いてきたウイスルの外殻と同じタンパク質(複製したウイルスRNAが、これにまた入って別の細胞まで移動する)。

という、必要最低限の機能しか持っていないが、増殖するための材料は全部揃っている。そして、リボソームで作ったウイルス外殻や、RNAポリメラーゼで作った複製ウイルスRNAがどんどん細胞内で増え続け、増えすぎると細胞が死滅し、ウイルスRNAが再び細胞外に放出され別の細胞で増殖を開始するというわけである。
なお、インフルエンザの塩基数は14000個、タンパク質は11個。エイズウイルスの塩基数は9700個、タンパク質は20個である。ちなみにDNAについてで書いた生物の塩基数と比較すると、その数差は歴然である。
さて、今回は一本鎖RNA(+)ウイスルが、どのようにして細胞内で増殖するかについて話した。次回は他のウイルスの種類と増え方について解説しよう。

DNAについて

ウイルス、タンパク質、大腸菌の解説をするのにどうしても避けて通れないのがDNAである。以前はここまで調べる気になれなかったのに、どの方面を調べても最終的にDNAの構造を理解しないと各々が理解できないから困る。なのでDNAの解説を最低限覚えておくことだけしてみよう。
wikipedia DNA
DNAの基礎

  • DNAはタンパク質の設計図である。
  • DNAは二重螺旋で構成されている、その2本を橋渡しする形で塩基が存在し、1段階の橋は2つの塩基で作られる
  • 対になる存在にRNAがある。RNAには主なものにrRNA、mRNA、tRNAがある、詳細は後述。
  • DNAとRNAを総合して核酸(Nucleic Acid)と言う。RNAのRはリボース(ribo)、DNAのDはデオキシリボDeoxyribo(=De・oxy・ribo、酸素が無いリボース、の名の通り、リボースから酸素が1分子無いのがデオキシリボース)。以下、DNAの場合に「デオキシなんたら」、RNAの場合は「なんらた」という名前になります。

DNA・RNAのパーツ

  • DNAの場合、[A]アデニン(C5H5N5)、[G]グアニン(C5H5N5O)、[C]シトシン(C4H5N3O)、[T]チミン(C5H6N2O2)の4種類の塩基。RNAの場合はチミンの代わりに[U]ウラシル(C4H4O2N2)が使われる。
  • [A]アデニンの対には必ず[T]チミン([U]ウラシル)が存在し、[C]シトシンの対には必ず[G]グアニンが存在する。
  • 塩基に(デオキシ)リボースという糖(五炭糖)が結合したもの1つを(デオキシ)ヌクレオシドと呼ぶ
  • (デオキシ)ヌクレオシドに、さらにリン酸が結合したもの1つを(デオキシ)ヌクレオチドと呼ぶ。
  • この(デオキシ)リボースとリン酸が縦方向に結合して、DNA・RNAを構成する。要するに(デオキシ)リボースとリン酸が磁石のS極、N極でそれぞれつながれ、その磁石に固定された塩基同士がやはり結ばれている感じ、強引な解説。
  • 上から順番に見て行くと、4種類の塩基が次々に出てくるので、1階当たり2bitの情報を持っている事になる

DNA・RNAの論理構造

  • さて、タンパク質は20種類のアミノ酸がたくさん集まって構成されている事は発酵について・基礎1で述べた。
  • 20種類を表現するのには最低5bit必要だが、DNA1階が2bitで構成されているので、6bit使う事になる
  • ↑を訳すと、「DNAは1つのアミノ酸を表すのに、塩基を3つ使う」となる--ちなみに「ここから新しいペプチド開始」というヘッダ(メチオニン)と、「ここで1つのペプチド終了」というEnd of File(トリプトファン)もある

DNA・RNAのはたらき

  • さて、細胞がタンパク質を必要とすると、タンパク質を作らなければならない
  • タンパク質は20種類のアミノ酸の集合体だと何度も書いている
  • そこでまず、RNAポリメラーゼという酵素が、DNAの塩基を読み取り、メッセンジャーRNA(mRNA)に転写する。つまりDNAという設計図は持ち出せないのでそのまま使わず、設計図をコピーして使うようなもんである。このmRNAはDNAをコピーした1本のひもであると思って頂きたい。
  • mRNAはリボソームというタンパク質の集合体の所に行く。
  • なお、このリボソームを作るのはリボソームRNA(rRNA)というRNAとタンパク質である、作り方は省略
  • このリボソームの中にトランスファーRNA(tRNA)というスキャナがあり、mの塩基情報を3つずつ同時に読む事ができる。
  • さて、この1回で3つの塩基を読むと、その情報に対応したアミノ酸が準備される。これが連続して数百〜数万個のアミノ酸が結合され、最後にEnd of Fileが出てくるとめでたく1つのタンパク質が合成されるのである。
  • 余談だが、たまにスキャナが読み間違ったり、mRNAがファイル破損している事もあったりするが、リボソームにエラー訂正機能があったりする。詳細は省略。チェックサム機能があるかどうかは知らないが、6bit(64パターン)で22種類を表現しているので、ある程度冗長性は確保されているのだろうか

結論

  • DNAは設計図で、これを元にタンパク質(酵素・ホルモン・ペプチド)が作られる
  • DNAからmRNAに正確に複写されて、mRNAからタンパク質が作られる
  • DNAからmRNAに複写するのも酵素RNAポリメラーゼ)の仕事

とりあえずこれだけ押さえておけば、DNAの基礎は理解できたも同然だろうと思われる。ちなみに塩基の数は以下の通り。

ヒト 30億
ショウジョウバエ 1億8000万
大腸菌 400万
インフルエンザウイルス 1万8千

ああこれでようやくインフルエンザウイルスの話ができる……かな?

麦芽(モルト)

果実原料に引き続き、いよいよデンプン質が原料の酒を分類してみよう。その前に酒造りにとって、特に大事な材料について一章を割く。それが今回取り上げる大麦、つまり麦芽モルト)である。
大麦で酒の原料になるのは二条大麦。これは麦の穂に実が2列に並んでいる麦の種類である。同じように4列に並んでいるのを四条大麦、6列に並んでいるのを六条大麦と言うが、こちらは主に食用に使われている。二条大麦が使われるのは2列にしか並んでないため、麦の実が大きく、デンプンの含有率が高いためである。
前々から述べている通り、酵母はデンプン分解酵素「アミラーゼ」を持たないので、デンプンをブドウ糖まで糖化してやらないと「糖食べたらアルコール出ちゃった」にはならないのだが、実は大麦はこのアミラーゼを自前で持っているのである。麦の実にはデンプン質が豊富に含まれているが、麦が発芽する時、芽を育てる栄養にするためにデンプンを糖に分解するのだが、そのためにアミラーゼが分泌されるのである。大麦を酒造りに使うときは、この大麦の性質をそのまま利用する。
また、大麦の約75%がデンプン、約15%が水分だが、約7%程のタンパク質も含まれているので、タンパク質分解酵素「プロテアーゼ」も同時に分泌し、タンパク質をアミノ酸に分解し、やはり酵母の栄養源として使用する。

  1. まずは麦粒を浸水させる。水に浸し、ある程度まで漬けたらふやける前に一旦水を抜いて、しばらくしたら再び浸水させ…、を2〜3回繰り返して大麦の水分を42〜43%にする
  2. 次に床に麦粒を広げて敷き、適温で5〜10日(季節により異なる)攪拌しながら置くと、芽が麦粒から出るか出ないかの所まで育つ。この段階で酵素は活性化される。あんまり芽を育てすぎるとデンプンを使いきってしまうので注意。さらにこの段階でこれ以上芽が成長しないように、麦芽を乾燥させなければならない。温風で数時間乾かすと、芽の成長は止まる。この段階の麦を「緑麦芽」(グリーンモルト)と言う。
  3. さて、この次に麦を乾燥させるのだが、ここでウイスキーとビールで異なる。ウイスキーの場合は、ピート(泥炭)を使って独特の煙臭を付ける。これも燃料にピートしか使わない所もあれば、香付けのために機械乾燥にピート香を添付するものまでいろいろある。もちろんこれはウイスキーの味を左右する。さらにピートを炊く時間によっても焙煎度合が変わるので、焦げ過ぎないようにも注意する。
  4. ビールの場合は普通に機械乾燥させるが、この場合も乾燥温度には注意する。通常ピルスナー(日本の普通のビール)を造る場合は85℃くらいの温度で焙煎するが、黒ビールに加えるためのモルトは220℃まで加熱する。(ベルギービール博物館 麦芽の種類
  5. こうして麦芽モルト)が完成。麦芽にはデンプン質と、それを分解するためのアミラーゼ、タンパク質と、それを分解するためのプロテアーゼが含まれており、酒の材料にするにはもってこいのものである。次回はこの麦芽を使った酒、ウイスキーとビールについて述べる。

麦芽の製造工程はこれといっていいページが見つからなかった)

果実原料

これまで醸造と蒸留について説明したが、もう一つ酒の造り方について説明するなら「糖化」について述べなければならない。もちろんオリゼーが「デンプンを糖に変えます」と言っているそれであり、発酵について・基礎1でちょこっと説明した通りである。要するにデンプンを原材料にするなら、ブドウ糖しか食べられないセレビシエのためにデンプンを糖に変えてあげないといけないという事である。
ところが原材料にデンプンを使わずに、最初から糖分を使っていれば糖化する必要も無く、いきなり酵母に「糖食べたらアルコール出ちゃった」させればいいので、非常に簡単に作れる。いやもちろん美味く造るには手間がかかるけど。

  • 最初から糖である果実、特に葡萄を醸造したものが「ワイン」、各々の詳しい解説はいずれ。
    • 黒葡萄種の実、皮、種を全部まるごと醸造したものが「赤ワイン」、赤いのは皮の色、苦いのは種の味
    • 葡萄の実のみを醸造したものが「白ワイン」、皮を使わないので赤くならない
    • 赤ワインを軽く醸造した所でろ過し、それ以上赤みを付けないのが「ロゼワイン」、赤の材料、白の製法。ただしロゼに厳密な定義は無く、赤ワインと白ワインをブレンドしてロゼだという場合も。
    • ワインに炭酸を充填したものが「スパークリングワイン」、この場合も、工業的に炭酸を充填したものから、ワインの発酵後に酵母と糖分を追加して再発酵させたものもいろいろ。
    • 葡萄を霜で凍らせ、果糖が凝縮された葡萄で造ったのが「アイス・ワイン」
    • 葡萄の収穫を遅らせ、貴腐菌(Botrytis Cinerea)を繁殖させ、糖度を凝縮した葡萄で造ったのが「貴腐ワイン」、トカイワインも同じ
  • ワインの親戚
    • ワインにブランデーを添加してアルコールを強化(fortify)したのが「フォーティファイド・ワイン」、以下の種類がある
      • スペイン南部で造られる「シェリー」、作り方が複雑なので後から書くと(1)白葡萄を干して糖度を上げ、圧搾、発酵させる (2)糖分が少ない場合はブランデーで強化 (3)ワイン表面にフロールという膜(正体は酵母)が自然にできるのを待って後発酵させる (4)ソレラシステムという方法で熟成させる (5)熟成後にブランデーを添加する事もある

http://www.ballantines.ne.jp/enjoy/inatomi/04_12/

      • 主にポルトガル北部で造られる「ポート・ワイン」、(1)完熟してより甘くなった葡萄を発酵させる (2)ある程度発酵が進んだところでブランデーを添加する。急にアルコール度数が高くなるため酵母が死滅し、発酵は止まる、南無 (3)澱を引いて熟成

http://www.izumitrading.co.jp/doc/prpon1.html

      • ポルトガル領マディラ島で造られる「マディラ・ワイン」、(1)葡萄を発酵 (2)ブランデーを添加して樽詰め (3)30℃〜50℃の乾燥炉(エストファ)で熟成

http://www.kinoshita-intl.co.jp/wine_portugal/vinhos_b.html

      • 他にマラガ・ワイン。マルサラ・ワイン、ヴァン・ドゥー・ナチュレル、ヴァン・ド・リクール他
    • ワインに薬草、香辛料、色素等を加えたものが「アロマタイズド・ワイン」、以下の種類がある
      • 白ワインにニガヨモギ等の香草、薬草とスピリッツを加えたものが「ヴェルモット」、マティーニで有名
      • ワインに果汁を加えてシロップで甘味を加えたのが「サングリア」(西)
    • りんごを醸造したものが「シードル」
    • 水で薄めた蜂蜜を醸造したものが「ミード」
    • その他の果実を醸造したものが「フルーツ・ワイン」、苺、カシス、洋梨、キウイ他
  • 果実が原料の蒸留酒
    • ワインを単式蒸留(を2〜3回)したのが「ブランデー」、蒸留以降の製法は基本的にウィスキーと同じ。樽で熟成させているため、ウィスキーと同じ琥珀色になる
      • ワイン粕を蒸留したものが「オー・ド・ヴィー・ド・マール」(仏)「グラッパ」(伊)
      • コニャック地方(シャラント川沿い)で特定方法で作られたブランデーのみ「コニャック」と呼ぶことができる。
      • 連続式蒸留器で蒸留したもの、ブレンデッドのもの、熟成しないものもある
    • リンゴを原料にした蒸留酒が「カルヴァドス
    • その他の果実を原料にしたものが「フルーツ・ブランデー」、さくらんぼ、プラム、洋梨、ベリー他

果実原料だけで長くなりすぎた、次回はデンプン原料